エンディング


【霊長総軍】
オーリー
グラスマン
第四次聖板戦争の仕掛け人にして、魔術結社『霊長総軍』のトップ







聖板戦争の終わり その一つ





12月某日――――――――石枝市東部『森林地帯』



真冬の森林に、獣の断末魔のような伐採音が鳴り響く。
高速回転するチェーンソーの刃が木肌に食い込み、あたりに木屑を散らす音だ。


「ロープ引けー!倒れるぞー!」


バリバリと枝葉を散らしながら倒れる樫の大木。
舞い散った砂と枯葉のかけらが目に入り、マスクをずらしていた作業員の一人が咳きを込む。
口に入っちまった、と肩にかけたタオルで舌を拭う作業員の足元の横を、轟音に驚いた野鼠が走り去っていった。


「驚かせちまったかな?」

「かもしんないっすね」


罰の悪そうなひげ面の主任の傍に、まだ幼さを残した若い青年が立っている。
背は隣に立つ主任より10cmほど高いが、見たところ体重は半分と少し程度といったところだ。
日々肉体労働に励んでいるにもかかわらず、体つきが細く肌は青白い。

人並み以上に食べても相変わらず細身なのは、まだ彼が成長の途中であるからである。
まだしばらくは食べた分だけ背が伸び、厚みが加わるのはそのあとだろう。



こんな職場だからか、周りからはからかい半分で『タケ』と呼ばれている。
もともと人付き合いが得意ではない彼であったが、今はそのあだ名で呼ばれることがむずかゆくも心地よかった


「そろそろ休憩にすっか。タケ、弁当とってこいや」

「了解っす」


白いワゴン車を走らせ、注文していた弁当屋へと向かう。
最初はよく頭痛を起こしたディーゼルの臭いも今はもう気にならない。


「っち、信号つかまったか」


ちょうど目前で信号が赤に切り替わり、目の前を親に手を引かれた幼子が歩いていく。
それをぼんやりと眺めていると、こちらに気が付いたのか小さな手のひらをこちらに振ってきた。
タバコを指にはさんだままそれに応えると、ぱらぱらと灰がダッシュボードに散らばった。


(・・・平和、なのかねぇ)


煙とともに、そんな言葉を肺に送り込む。







彼の視線の先には、無残に崩れ落ちたままの鉄橋が映っていた。







『過激派テロリストによる悲劇の市街戦』




それがこの夏に起きた事件であった。
少なくとも新聞やニュースにはそう記されている。

平穏そのものだった石枝市を理不尽に襲ったその事件は国内外問わず大きく取り上げられた。
なにせその破壊規模は先進国の都市部におけるものとしては戦後最大。
総被害額は3000億円に上るとされ、死者および行方不明者は746人と発表された。



幸い(もちろん不謹慎であると自覚しているが)タケの親しい人々に死人は出ていない。
バイト代をためてようやく手に入れたバイクが盗まれたと泣く者もいたが、それでも命に代えるものはない。

だが、あるいは自分自身の内側に大きな悲しみを持たない彼だからだろうか。
自分の生まれ育った街に溢れる悲痛な叫びに敏感であった。


子供をなくした親がいた。
親を亡くした子供がいた。
そのどちらも目の前でなくした男性に、慰めの言葉をかけられる人間はいなかった。
どんな言葉も無意味であるとわかっていたし、そんな余裕がある者はごくわずかだったからだ。


学生時代に通っていた揚げ物屋の老夫婦は久々に出かけた先で火災に巻き込まれて亡くなったそうだ。
足が不自由な妻と、それを支えて逃げ出そうとした夫を悪意の炎は平等に包み込んだらしい。


当然、学生にも多くの犠牲者が出た。普段は駆ける様に学校へ向かう生徒たちが沈痛な面持ちで歩く様は
見ているだけで気が滅入るものだ。学生服が喪服に見えたのは生まれて初めてのことだった。


住人の中には目の前で巨大な獣が人を食ったのだ叫ぶものがいた。
それも決して少ない数ではなく、空を飛んだり炎を出したりする人間を目撃したという報告は非常に多かった。
動画がネットに投稿されることもあったがその多くは作り物であると見破られ、『精神異常者』あるいは『悲劇を弄ぶ小悪人』とレッテルを貼られる事となる。

タケはリアリストであるので、彼らがいう『モンスター』や『魔法使い』が存在しないと考えている。
しかしその一方で、それが真実である可能性も決して低くないと考えていた。


何せ、『テロリスト』とやらをその目で目撃したのはほんのわずかなのだ、その証言のほとんどが事件からしばらく空いてから浮き上がったものであり、
災害直後には奇妙な音や光の目撃(それもテロリストの使った兵器として片付けられたが)が相次いだ。


人智を超えた何かが起きた、それが真実なのかもしれない。ただそれを突き止める手段が彼にはない。
そして、言ってしまえば彼にはそれほど興味がなかった。


この悲劇が人間の狂気に生み出されたものなのか、ファンタジーによる陵辱の結果なのか。
どちらにせよ彼に出来るのは急ピッチで進められている復旧作業に必要な木材の調達を行うこと。
つまりはその活力になる弁当を受け取ることが今は最重要なのである。





「おつかれさま、お弁当と缶コーヒー10組で4800円ね。うん、じゃあおつり200円ね」
「いつもどうもっす」


無事弁当を購入、助手席に乗せシートベルトで固定する。
作り置きの弁当はすでにだいぶ冷めてしまっているが、こればかりは仕方ない。
代わりというわけでもないが加温機から取り出されたばかりの缶コーヒーは指先を赤くするほどに温かい。


冷めぬうちにとプルトップに指をかけたそのとき、助手席の窓ガラスを弁当屋のおばちゃんがバンバンと叩いた。


「ん、なんすか?」


ハンドルを回し助手席の窓を開く、その隙間から入った冬の風がわずかに残っていた暖気をさらっていった。


「ごめんタケちゃん忘れてた、これ持っていって」

「はい?」


おばちゃんが差し出したのは大きな銅鍋。その蓋は道中こぼれないようにと一周をガムテープで止められている。


「ぜんざい作ったの。鍋とお玉は明日返してくれれば良いから」

「あ、ありがとうございます……いいんすか?」

「ええ、だって今日は寒いもの」


受け取った鍋を膝の上に置き、ハンドルを持たない手でしっかりと支える。
柔らかなぬくもりが、膝をじわりと溶かすようだ。


「じゃあ、今日もみんな頑張ってね」

「うっす!あ、明日はみんなに500円の弁当買うように言っときますんで!!」

「はい、よろしくね」




改めて車のエンジンを回し、弁当屋を後にする。




「……頑張って、か」




特に何か理由があったわけではない、タケは来た方向とは別の道にハンドルを切った。
ほんの少し遠回りになるが、主任に小突かれるほど時間は変わらないだろう。
それに今日はぜんざい様が一緒なのだ。甘党の彼には最高の土産である。


久々に走る道にはやはり多くの傷跡が残っていた。


切り倒された街路樹や、ひび割れた道路。
多くの建物が修復作業のため鉄製の足場に囲まれていた。


通行人に注視してみると、足を引きずるように歩く男や顔の半分を髪で隠した女性が目に付いた。




しかし、そこにあるのは痛みだけではない。







『銀星高校前』




「そういやさ昨日の宿題やった?」

「おう」

「まじで!むずかしくなかった!?」

「別に~?俺煌星だしぃ?」

「うっぜ!こいつうっぜ!」

「あだっ!ガチで蹴るなや!写させねぇぞ!!」


異なる制服を着た男子生徒同士がやかましくコンビニで騒いでいた。
聞いた話だと煌星高校の校舎は半壊したらしく、現在は石枝高校と銀星高校に
分かれて通学しそちらで授業を受けているとのことだ。


煌星と銀星の仲の悪さは有名であったが、もともと違う星に生まれたわけではない。
多少の衝突はあれど、学友として互いに歩みよっている。







『アミューズメントモール ポセイドン』




「え~恒例となりましたポセイドン石枝復興支援バザーにお集まり頂きまことに----」

「お好み焼きいかがですかー!一枚200円で販売しております!具沢山でおいしいお好み焼きですよー!」

「こんにちわー、そちらのお子さんおいくつですか?3歳?へー、お洋服とかやっぱり大変でしょう?」

 今度うちにある服持ってきますので寄ってくださいねー」


もともと人が多く集まるモールの中央広場は毎週水曜と日曜には復興支援のためのバザーが実施されるようになった。
時には市内の有志による音楽会やパフォーマンスも行われ、傷を負った人々の交流の場として機能している。


また、モール内には悲劇に襲われる前の石枝市のジオラマやパネルを展示した祈念館が設立された。
特に石枝市民が撮影した市内の様子をネット投稿することで、更新されていく『石枝アルバム』は毎日数百数千の投稿を受け付けており、
少しずつではあるが確実に復興に向かう姿がスライドショーとしてモニターに写されている。
笑顔の数は、見てわかるように増えていた。







『市営鉄道』




「今日さぁアズの家行っていい?ガラスの仮面続き読みたい」

「いいよー」

「はーあ、早くネット繋がらないかなぁ。贅沢言ってるのはわかるけどさぁ」

「私は別にいいかなー。パソコン怖いもん」

「あんたはまぁ、そうだろうけどさー」


鉄道に揺られ女学生が二人並んで家路に向かう。
彼女たちの家は不幸にもテロにより破壊されており、現在は西部の採掘場跡にある集合団地を仮の住処としている。
長く鉄道に揺られるのは不便だが、それでも小さな楽しみもある。



『――――――アッァー、次はァ、星砂ビーチェ、星砂ビーチェ、デ、ございまスッ お忘れ物の無いヨゥにご注意クダッセィ』



「……くくかッ!毎回毎回思うけどこのアナウンス独特すぎっ!やばいやばい、お腹いたい・・・・・・!」

「ユーちゃんのツボはわからんなぁー」







『白髭川』




「……お、この橋もう渡れるようになってるのか」


二週間ほど前にはまだ通行規制が敷かれていた仮設の橋をワゴン車が進む。
まだ養生用の鉄板がしかれたままの橋が車体を揺らすので、タケは膝の上のぜんざいを押さえながらゆっくりとアクセルを踏んでいく。


橋を渡り切るころ、作業員の一人と目が合った。短く刈りそろえた髪だけでなく眉まで白い、明らかに自分の父よりも年上、下手すると祖父と同年代に見える。
老作業員は寒空の下ポケットに入れていた手を出し、こちらに向けて軽く振った。タケもそれに答えようとしたが、ハンドルとぜんざいで両手がふさがっているので軽く会釈で済ませる。


橋を越え、のろのろと進むワゴン車。そのテールランプが点灯する。


「うん?」


いきなり後退を始めた車を不思議に思った老作業員が運転席を覗き込んだ。もしかすると資材か何かを踏んでパンクでもしたのだろうかと心配そうである。
そのとき、運転席の窓から筒状のものが放り投げられた。


「・・・・・・うぉ!?」


かじかむ両手でそれをなんとかキャッチすると、ワゴン車から大きな声がかけられた。


「あのよ!―――――――今日は寒いからよ!!」


それだけ言うと、ワゴン車は再び前進をはじめ森林地帯への道を行く。


老作業員の両手にはまだぬくもりを残す缶コーヒーが握られていた。







英雄を求め、英雄たちにより行われた英雄のための物語は終わった。
残されたのは魔術など毛ほども知らぬ人々である。



愚かしく、臆病で、凡庸であり、ひどくか弱い。
奇跡を持たず、神に選ばれることなく、王として崇められることも無い。



それでも彼らは世の奇跡が残した暴虐から立ち上がった。
その悲劇を胸に刻んだまま進むことを選んだ。
無力な自分たちではあるが、隣に立つ誰かの笑顔を想えば限界などというものはつまらなく思えた。



今日を生きる彼らは英雄ではなく。
明日を歩む彼らもまた英雄ではない。
只の人間であることを礎にして、彼らの歩みは続いていく。



長くも短い、英雄たちの物語は終わった。



これから先は、今を生きる彼らのために無垢のまま輝いている。





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このエンディングはオーリー・グラスマンの思惑通り聖板戦争が進行した場合の一つの終わりの話です





イラスト




聖板終了記念集合絵(クリックで拡大)
聖板チャットにて募ったペア達



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第4次聖板戦争これにて終了です お疲れ様でした
作品投稿はもう数日だけ受け付けます
引き続き交流をお楽しみください