「人は、英雄にならなければならない」





石畳の上に、男が膝を立てて眠っていた。
呼吸音一つ立てずに眠るさまはまるで湖の底に沈んだ彫刻のようだ。
男の手には水晶を刃として誂えた刀剣のようなものが握られている。
部屋に明かりとなるものは置かれておらず、その牢獄のような部屋を照らすのは天窓から差し込むわずかな星の光だけである。
その光が水晶に飲み込まれ、散らつき、消えていく。

「・・・・・・」

ここは男がかつて工房として使用していた場所である。
現在は工房の場所を移し、機材や資料のほとんどが持ち出されている。
残されたのはもう男には不要となった魔術の入門書や、幼いころに書いた落書きじみた魔術の論理式のパピルス程度。

それが、部屋の片隅に埃とともに捨てられている。
その部屋の対角線に、男が居る。

男の名はオーリー・グラスマン。
一流の魔術師であり、霊長総軍の設立者である。
魔術師のみならず財界の人物とも交流の深い彼の元には多額の献金が集まっており、本来ならばこのような惨めな場所で睡眠を取る必要はないはずである。


しかし、彼は冷たい石畳の上でなければ睡眠をとることができないのだ。



『大極点』


あの日、『多元観測』により人類の滅亡を目撃してしまった。
磐石であると踏みしめていた世界の脆弱さを知ってしまった。


それ以来、柔らかなマットレスに背を預けることが出来なくなっていた。

怖いのだ。底が抜け己が奈落に飲み込まれるのではないかと考えると途方もなく恐ろしいのだ。
だからこうして、確かな痛みと冷たさを返す石畳の上にすわり、武器を片手に持たなければまどろむことすら出来ないのだ。
まるで隙間の開いたクローゼットでおびえる子供のようだと自嘲する。


しかしブギーマンはそこに居る。
誰の目にも見えないが、じわりじわりとこの首に手をかけるために闇の奥で目を輝かせている。
それを知っているのは自分だけなのだ。



「・・・クロウラか」


「はい」




目を閉じたまま呟く男、その呟きに答えたのは扉の向こうの人物である。


静謐な空気を崩さぬよう、扉を音立てず開いたのは黒衣に身を包んだ女であった。
艶のある黒髪は床をなめるほどに長く、彼女が歩くたび蛭のように艶めかしく揺れ動く。

「始まったか」

「はい」

オーリーは短く尋ね、クロウラは万感の思いを込め答えを返す。

クロウラは手に持っていたランプに火をともした。
近代化された光に比べれば弱弱しい明かりだが、星明りの部屋にはまぶしいほどである。


ぼう、とゆれる橙の明かりがオーリーの横顔を照らす。

静かに開いた男の瞳には、不退転の決意がはっきりと浮かんでいた。






■人物像


非常に責任感と正義感が強く、『大極点』の打開のために人類を統べる事が己の役割であると背負い込んでいる。
その目的のためには決して少なくない犠牲が出ることは承知の上で霊長総軍の長としての役目を徹底して遂行する。
『トップがやって見せねば人は動かぬ』と、敵対組織との衝突や反乱分子の処断などにはまず自分が動く。
現場主義なところがあるためか末端の組織員からの信頼も厚く、父のように慕われている。
反面、あらゆることを自分が引き受けようとする傾向があり(事実それをこなす十分な実力があるのだが)、自愛するようにと付き人であるクロウラにきつく言われることも多い。

常に『霊長総軍の長』として振舞うため、威嚇的に思われることが多いが元々は自然の中で静かに本を読んだり絵を描くことを好む穏やかな性格である。
しかしそれを、本人すら忘れてしまっている。



年齢に見合わない若々しい見た目は本人曰く「心の持ち様」



■戦闘スタイルと聖板戦争における方針


戦闘能力は恐ろしく高い。
日々の鍛錬で鍛え上げられた白兵格闘術は達人の域にあり、戦士としての経験も豊富。
並の魔術師相手には格闘術だけでことが済むほどである。
もちろん自身も一流の魔術師であり、宝石剣を遣えば無尽蔵にして一工程の大魔術の行使の嵐を起こす。
多元観測による精度の高い予知能力と、確率操作による行動制限を重ねるだけで敵は戦うことすら出来ない。


本人は自身の実力を「英雄として求められる最低限のレベル」であると考えており、
大極点の発生までにどれだけ自分と同等以上の実力者を生み出すことが出来るかが打開の鍵を握ると信じている。


聖板戦争においては主催者として積極的に参加者の成長を促すように盤面を動かすことをもくろんでいる。
そしてあまりにも目に余るような参加者(秘匿に努めず、民間人へ著しい被害を出すなど)が居る場合には処刑人として現場へ赴く。
本人自身、英雄の卵である参加者と話をする機会を楽しみにしており、メンバーの目を盗んでは市内を散策するつもりである。